クリスマス、それは弱さの中にある祝日です…
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クリスマスのシーズンですね。美しいイルミネーション、プレゼント、おいしいご馳走と幸せな交わり・・・クリスマスは多くの人にとって喜びに満ちた時期です。
しかし、最初のクリスマスは快適な日ではありませんでした。それどころか、大きな弱さを抱えた日だったのです。当時の様子を想像してみてください。ローマの占領下ゆえに強いられた国勢調査で行った先が田舎の岩がごつごつした小さな村、長旅で疲れ切った若い母親が出産したところは家畜小屋、そしてそばには数人の羊飼い・・・それ以外に王の王を迎える人は誰もいませんでした。
イエス様の誕生の夜を的確に描いているこのクリスマス・キャロルは、私の大好きな曲です。最大の奇跡が最大の弱さという形でもたらされた日です。
「ああベツレヘムよ
などかひとり
星のみ匂いて
深く眠る
知らずや今宵
暗き空に
常世の光の
照りわたるを」
ベツレヘムは、おしゃれな街でも、「新進気鋭」の街でもありませんでした。この小さな町は、商業の中心地でも、文化の中心地でもなく、さらには特別な目的地でもありませんでした。何もないところにある失われた村・・・全く重要な場所ではなかったのです。
しかし、神様は、取るに足らないものを使って御自身を輝かせるのを喜びとします。誰も見ていない場所で御自身を現わし、誰も拍手喝采しないような人を通して御自身を知らしめることを、神様は良しとするのです。
「しかし、神は世の愚かなものを選んで賢い者を辱め、世の弱いものを選んで力あるものを辱められた」(1コリント1:27)とあります。
あなたは弱さを感じますか? 疲れていますか? 人の目には取るに足りないと思いますか? 落胆してはいけません。神様はあなたの弱さに驚いたりしません。むしろ、あなたの弱さこそが、神様があなたを通して御自身を輝かせるための手段なのです。
クリスマスは弱さの祝日です。
それは、神様が人となり、ご自身に完全なハンディキャップを負われ、貧しく弱々しい家庭に無力な赤ん坊となって生まれたということ。
それは、栄光の王であるイエス様が、私たちの弱さに加わるために来られたということ。
それは、平和の君が、私たちに「弱いときこそ強い」という人生の手本を示すために来られたということ。
「ああベツレヘムよ」クリスマス賛美歌 O Little Town of Bethlehem 私家アレンジ版 – YouTube をお聞きください。
あなたの存在を感謝しています!
証
「私は一人暮らしです。そして、朝のデボーションは文字通り『毎日が奇跡』です。私が落胆したり、信仰が弱くなったりするときに、あなたのメールが私のところに届きました。ありがとうございます!」 (トーニャ アメリカ)